2026年03月03日更新

認知症治療薬の現在と最新動向 ― 薬の開発にも携わる認知症専門医が解説

2023年に新薬が登場し、さらなる研究開発も進んでいる認知症治療薬。認知機能の低下に対する薬に加え、患者さんやご家族の生活に大きな影響を及ぼす行動・心理面の症状に対して使える薬も登場し、薬物療法の選択肢は広がりつつあります。
これまで、数多くの認知症患者さんの診療にあたり、新薬の有効性・安全性を確かめるための臨床試験にも参加している吉山容正先生に、現在の認知症薬物療法と今後の展望を伺いました。

認知症の薬物療法の目的は「進行のスピードを遅らせる」こと

「認知症」とは、アルツハイマー病やレビー小体型認知症などの病気によって認知機能が低下し、日常生活に支障をきたすようになった状態(症状)を指す言葉です。残念ながら現在の医療では、この「認知機能の低下」を根本的に食い止めることはできません。では、現在の認知症治療薬は何のために使うのかというと、認知機能が低下するスピードを少しでも遅くするためです。

薬を使用しても、ほとんどの場合認知機能が改善していくわけではないので、患者さんも身近なご家族も「薬が効いた」という実感は持ちにくいかもしれません。ただ、もし同じ人で薬を使った場合と使わなかった場合を比較することができたら、数年後の認知機能は薬を使用していた場合のほうがよく保たれている可能性があります。認知症治療薬は、そうした効果を期待して使用する薬です。

例えば、高血圧の患者さんは血圧を下げる薬を使用しますが、その主な目的は、高血圧が原因で起こりうる脳卒中や心血管疾患の発症リスクを下げることです。認知症の場合も同様に、薬物療法の主な目的は、もの忘れなどの症状そのものの「改善」ではなく、進行を遅らせるという「予防」であると理解いただければと思います。

高齢の患者さんの場合、認知症以外にもいくつも病気を抱えていることが少なくありません。全身の状態を総合してみたときに、生命にかかわるような病気があるなら、当然そちらのほうが認知症よりも治療の優先順位は高くなります。もし患者さんにとって、認知症治療の優先順位がそれほど高くないのであれば、薬を使用しないという選択肢もあります。ただ、今の状態ができる限り長く続いてほしいとお考えなら、薬物療法を受けることをおすすめします。

認知症の治療に使う2タイプの薬の効果と副作用

吉山容正先生インタビュー風景

認知症の進行を緩やかにする目的で使用する経口薬は、「コリンエステラーゼ阻害薬」と「NMDA受容体拮抗薬」の2つのタイプに分けられます。

■コリンエステラーゼ阻害薬
脳の中で情報を伝達する役割を果たしている神経伝達物質「アセチルコリン」の分解を抑え、アセチルコリンを増やす薬です。ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3種類があります。

■NMDA受容体拮抗薬
NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンは、興奮性の神経伝達物質である過剰なグルタミン酸の働きを抑えることで神経伝導を調整し、神経細胞を保護する薬です。

これらの2タイプの薬の中で最もよく使われているのはドネペジルで、比較的症状の軽い早期の段階で投与することが認知症の進行抑制に有効と考えられています。ドネペジルは1日1回の服用でよく、もの忘れの症状がある患者さんにとって、服用回数が少なくて済むというのは大きなメリットです。また、ドネペジルの半減期(薬の血中濃度が半分になるまでの時間)は70時間以上あるため、もし週のうち何回か薬を飲み忘れたとしても、その効果がすぐに完全に消えることはない点も使いやすい理由です。

メマンチンは中等度以上の患者さんに有効なことが知られており、薬が作用する仕組みが異なるコリンエステラーゼ阻害薬と併用して使われることもあります。

どの薬にも、認知機能の低下を遅らせる効果が期待できる一方、副作用が現れる可能性があるため、使用する際は注意しなければなりません。コリンエステラーゼ阻害薬で多く見られる副作用は、下痢や吐き気、食欲不振などの胃腸症状です。喘息のある患者さんでは症状が悪化したり、心疾患のある患者さんでは心拍数の低下や不整脈などが起こるおそれもあるため、薬を使用する前に持病のチェックも行います。メマンチンは副作用の少ない薬ですが、一部の患者さんではめまいや眠気などが現れることがあり、注意を要します。

※記事中、薬の名称はすべて一般名で統一しています。

薬物療法の選択肢を広げる新薬の登場

認知症の原因になる病気として最も多いのが、アルツハイマー病です。2023年に、アルツハイマー型認知症に対する新たな治療薬「抗アミロイドβ(ベータ)抗体」が登場しました。この新薬は、前述のコリンエステラーゼ阻害薬やメマンチンとはまったく異なる働きをする薬です。

アルツハイマー病は、アミロイドβと呼ばれるたんぱく質が脳内に異常に蓄積することが特徴です。抗アミロイドβ抗体は、このアルツハイマー病の原因となるアミロイドβを取り除くことで、認知症の進行を抑制すると期待されています。世界で初めて、アルツハイマー病の原因物質に直接アプローチする治療薬として注目されています。

現在、レカネマブ、ドナネマブという2種類の薬があり、どちらも点滴で投与します。注意が必要な副作用として、脳の微小出血やむくみがMRI画像で確認される「アミロイド関連画像異常(ARIA)」があります。そのため、治療中は定期的にMRI検査を行い、異常がないかを確認していきます。

抗アミロイドβ抗体による治療は、アルツハイマー型認知症の患者さんなら誰でも受けられるわけではなく、対象となるのは認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)または軽度のアルツハイマー型認知症と診断された方に限定されます。治療自体も限られた医療機関のみで実施されているため、治療を希望する場合、まずはかかりつけ医や地域の認知症サポート医、認知症疾患医療センターに相談することをおすすめします。

抗アミロイドβ抗体はこれまでの薬とは違う作用があるという点で期待感のある薬です。一方で、1回の治療で1時間ほどかかり、治療期間中は2週に1度、あるいは4週に1度通院が必要になるため、飲み薬による治療と比べると患者さんやご家族の通院負担は少なくありません。認知症の進行を抑制するという効果に関しても、約3割程度とされ、これまでの薬よりも著しく優れているとはいえません。大切なのは、一人ひとりの患者さんの状態や希望に合った適切な治療薬を選択することです。

実は、身近なご家族が本当に対応に困るのは、もの忘れの症状よりも、徘徊や暴言・暴力、妄想などの認知症による行動・心理症状(BPSD)です。これまでは、BPSDに対して適応を認められた薬はありませんでしたが、2024年に「ブレクスピプラゾール」が焦燥や興奮、攻撃性などのBPSDの諸症状に対する治療薬として新たに承認されました。認知症診療の現場において、この薬の登場によるインパクトは大きく、患者さんやご家族のニーズという点では認知症の進行を抑える薬よりも期待が大きいかもしれません。

アルツハイマー病の根本治療が目指せる未来へ

認知症専門医の吉山容正医師

アルツハイマー型認知症に対する治療薬は、長らくコリンエステラーゼ阻害薬とメマンチンのみでした。そんな中、実に10数年ぶりに抗アミロイドβ抗体が新薬として承認されました。抗体医薬品(抗体を利用して標的を狙い撃ちする薬)が、アルツハイマー病の原因となっている脳内のアミロイドβを除去するという発見は、非常に大きな意味のあるものです。現在も、新たな抗体医薬品の研究開発が行われており、当院も治験(医薬品の有効性・安全性を確認するために行う臨床試験)に参加しています。

これまでの抗体医薬品は、血液脳関門(異物を脳内に通過させないようにする脳血管のしくみ)を通過しにくく、効果を得るには大量の薬を投与しなくてはなりませんでした。現在新たに治験が行われているアルツハイマー型認知症の治療薬で最も注目されているのは、この血液脳関門を容易に抗体が通過できるように工夫した抗アミロイドβ抗体薬です。少量で効果が得られ、副作用として問題であったARIAの発生が非常に少なくなることが分かってきています。

もしかしたら将来、アルツハイマー病の原因であるアミロイドβを薬物療法によって効率よく除去し、病気を、すごろくでいう“ふりだし”に戻せるようになるかもしれません。そうなれば、認知症の発症をかなり先延ばしにしたり、場合によっては発症自体を防げる可能性もあります。現時点ではうまくいくかどうかは分かりませんが、認知症治療薬の研究は日進月歩で進んでおり、「発症予防」というアイデアが実現する未来はもうすぐそこまで来ているかもしれません。

取材・監修にご協力いただいた先生
吉山 容正(よしやま やすまさ)先生
稲毛神経内科・メモリークリニック院長

1986年に北海道大学医学部卒業後、千葉大学医学部附属病院で物忘れ外来を2016年3月まで20年にわたり担当。2003年より千葉東病院神経内科医長、診療部長として神経難病の治療、認知症の治験専門外来を担当し、数多くの認知症治療薬の開発にも携わる。2016年7月、稲毛神経内科・メモリークリニックを開設。日本認知症学会専門医・理事、日本神経学会神経内科専門医・指導医・評議員、日本老年精神学会専門医・評議員。

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。

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