【前編】アルツハイマー病か血管性認知症か。診断の壁と共通する予防法

いくつかのタイプがある認知症の中でも、多くの調査で患者数1位と2位を占めているのが、アルツハイマー病と血管性認知症です。画像診断技術の進歩や疾患修飾薬の出現で、アルツハイマー病に対する診断・治療の進歩がめざましい一方で、血管性認知症の診断・治療には多くの課題が目立つようになってきました。
長年にわたり、脳神経分野の医師として脳の画像診断や脳疾患の治療、認知症の診療に関わってきた橋川一雄先生に、どのような課題があるのか、またどのような対策ができるのかをお聞きしました。
認知症治療の進歩を促した画像診断技術の発展

MRIとPETの進歩で脳を“開けずに診る”時代へ
私は、一貫して画像検査によって脳を診ることに携わってきました。
脳の画像検査でよく知られているのはMRI(エムアールアイ:磁気共鳴画像法)であり、SPECT(スペクト:単一光子放出型コンピュータ断層撮影)やPET(ペット:陽電子放出断層撮影)の核医学検査です。これらを用いると、開頭せずに脳の状態を診ることができます。
MRIはおもに脳の形や構造を観察する検査です。一方、SPECTやPETなどの核医学検査は、脳の血流や代謝の状態、神経活動、脳内に異常物質が蓄積している様子などを捉えることができ、近年のこれらの技術発展は、目覚ましいものがあります。
とりわけ、臨床応用において注目されてきたのがPETです。PETは核医学検査のひとつで、目標とする物質に放射線を出す標識物質をくっつけた薬を体内に投与して、その薬がどこに集まっているかを外部から画像として観察することができます。標識物質を変えれば、どんな物質が脳のどの部位で働いているか見て取れます。同様の目的で用いられるSPECTに比較して、標識物質の自由度が高いことから、多くの脳機能の研究に用いられてきました。
しかし、従来はPETに用いられる診断薬の合成はその施設で行わなくてはならず、大規模な設備が必要なことから、もっぱら研究目的の大学や研究機関での利用に限られていました。
ところが近年、比較的半減期の長い(効果が長続きする)フッ素標識の薬を他施設に輸送するシステムが構築され、放射線医薬品メーカーで合成された薬剤が一般病院でも使えるようになりました。
生前のアルツハイマーの診断能を高めるアミロイドPET
家族の名前が思い出せない、徘徊するといった認知症に特徴的な症状が見られ、かつ他に可能性のある認知症疾患が考えにくいときには、最も多い疾患であるアルツハイマー病に違いないと、いわば消去法で診断を下されていたものでした。
最終診断を得るためには、お亡くなりになった方の脳を顕微鏡で調べる必要がありました。しかし、実際の臨床で、解剖を受けられることは少ないのが現状です。ところが、死後の脳の解剖結果と、生前の臨床診断を比較すると、専門医であっても生前に正確な診断ができていたのは約70%に留まることが分かっています。
脳の死後の解剖による研究ではアルツハイマー病の患者さんの脳組織には、まず「アミロイドβ」という、いわゆる脳内のゴミのような物質が凝集し、その後「タウ」と呼ばれる物質も蓄積してくることが分かっていました。また、研究レベルではアミロイドβに付着する放射性医薬品を用いたPET(アミロイドPET)を行うことで、アミロイドβが蓄積している様子を生前に見ることができていました。
近年、放射性医薬品のデリバリーシステムが構築され、多くの一般病院でもこのアミロイドPETが行えるようになりました。つまり一般の臨床病院でアミロイドβが凝集していると確認したうえで、それならアルツハイマー病の可能性が高いと診断できるようになってきたのです。
近年になってアルツハイマー病の進行を遅らせる治療薬がいくつか開発され、日本でも承認されましたが、これも偶然ではありません。「アミロイドPET」という、アミロイドβを確認できるPET検査を、多くの臨床病院で実施できるようになり、治験データを数多く集められるようになりました。その結果、開発された薬がアミロイドβの凝集を減らし、認知症の進行を遅らせるというデータが揃い、市販化にゴーサインが出されたわけです。
診断技術の向上と治療薬の開発は相互に関連し、診断と治療の両輪となって、アルツハイマー病の診療がいま大きく進歩しているといえるでしょう。
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クローズアップされる血管性認知症

アルツハイマー病のアミロイド除去薬の副作用
アルツハイマー病の治療に道筋が出てきたことで、逆に注目されているのが血管性認知症です。
アルツハイマー病と診断されて、近年登場した「アミロイドβを除去できる治療薬」を用いたときの副作用として、脳MRIにて脳炎や脳出血を疑わせる所見を認めることがあります。また、一部には意識障害などの症状を認めることがあります。
その原因として、脳血管に付着していたアミロイドβが薬で剥がれ落ち、血管に障害を引き起こすことで症状が出現すると考えられています。
また、アミロイドβの排出経路として、血管周囲の液体の流れが注目されるようになりました。アルツハイマー病においてアミロイドβが蓄積する機序として、アミロイドβが過剰に産生されるだけではなく、アミロイドβの排出能力の低下が考えられるようになりました。アミロイドβの排出路は血管の周囲に存在するため、その機能低下と脳血管の動脈硬化と関連性が示唆されています。つまりアルツハイマー病の進行は、脳血管の老化である動脈硬化も要因の一つと考えられるようになってきたのです。
静かに進行する脳血管障害が実は多い
血管性認知症にもいくつかのタイプがあります。よく知られているのが脳梗塞や脳出血です。脳梗塞は血管が詰まり血液がそこから先に行き届かなくなり、その領域の脳細胞が栄養不足となり障害を受けます。また、脳出血は血管が破綻し、血液が脳の中に溜まって脳組織を圧迫したり神経線維を離断したりして神経活動に障害を起こします。
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脳梗塞や脳出血によって判断や記憶などに関わる脳部位が障害され、日常生活に支障をきたすようになれば血管性認知症と診断されます。また、集中力や意欲などに関係する領域が損傷されると、何から手をつけたらいいかわからなくなったり、気力がなくなったりする症状が現れ、これも血管性認知症となります。
脳梗塞や脳出血によって出現した血管性認知症は、突然に片麻痺、呂律困難、めまい、視覚異常や頭痛などの症状を伴うことが多く、きっかけとなった脳卒中の発症を自覚されていることがほとんどです。
一方、自覚できるような発作やエピソードがないのに、脳の血管が少しずつ障害を受けているケースもあります。脳の血管は枝分かれを繰り返し、細い血管が脳全体に張り巡らされ、栄養をすみずみに行き渡らせています。こうした細い血管が広範囲にわたって傷害されると、脳の広い領域の血液循環が悪くなり、脳機能の低下を招くことがあります。いわゆる動脈硬化といわれる状態の一部です。
一般に動脈硬化を進展させる原因として、高血圧、脂質異常症や糖尿病などがありますが、とくに細い血管の動脈硬化には高血圧の影響が強く、また加齢も大きな促進因子です。
若くしてアルツハイマー病を発症された方の血管は、動脈硬化の要素が少ないと考えられますが、アルツハイマー病と診断された方の多くは高齢であり、脳の微細血管の障害も併発しているというのが共通認識です。そして、現時点でアルツハイマー病を発症する前に予防できるとすれば、このような、脳血管を障害する生活習慣病の予防などに取り組むことだと考えられます。
脳血管性認知症の知見持つ医師を

血管性認知症の診断は、非常に難しいのが現状です。医療機関や行政機関で発表している認知症のタイプ別割合を見ると、1位はどの発表も共通してアルツハイマー病で、半分くらいを占めています。ところが2位以下はまちまちです。その原因の一つには、医療機関によって患者の認知症のタイプ別の割合が異なることが挙げられます。
認知症は、脳神経内科、精神科や老年内科など多くの科が診察しています。最初の症状によって、患者さんがどの科を受診するかに偏りが生じます。例えば、行動や言動の異常が前面に出る前頭側頭型認知症は精神科に多くなり、血管性認知症は脳神経内科に多くなります。
また、レビー小体型認知症の場合でも最初の訴えが幻視であれば精神科に、パーキンソン徴候であれば脳神経内科、全体的に元気がないと感じたときはかかりつけの老年内科を受診する、といった具合です。
そして医師もそれぞれの経験の違いから診断に偏りが生じます。また、高齢者では、アルツハイマー病やレビー小体型認知症であっても、MRIで見ると梗塞や出血など血管障害を合併していることが少なくありません。現在の症状が、主にどの要素が主体なのかの判断は極めて難しく、それぞれの医師の経験に頼ることになります。このため診断技術が発展した今日でも、病型の判断については医師の主観によって判断が分かれるというのが実情です。
アミロイドPETなどで原因物質の沈着を確認できるようになった現在においても、アルツハイマー病と考えて行ったアミロイドPETが陰性のことも多くあります。その中には血管性認知症の患者が多く含まれていると思われます。アルツハイマー病やレビー小体型認知症と診断された患者の中にも脳血管障害の影響も加わっているという方も少なからずいるはずです。このため、担当医師に血管性認知症の知識が十分にあるかどうかは、治療と予防を進めるうえで、重要な要素になるでしょう。
取材・監修にご協力いただいた先生
橋川一雄(はしかわ かずお)先生
医療法人社団ハイメディッククリニックWEST
1983年大阪大学医学部を卒業し、大阪大学第一内科および中央放射線部にて、脳卒中のおよび脳核医学の臨床・研究を行う。2001年京都大学大学院医学研究科高次脳機能総合研究センター助教授となり脳科学の研究に従事。その後、2012年に国立病院機構大阪南医療センター脳卒中センター部長、2018年大阪けいさつ病院脳神経内科部長を歴任。2022年から医療法人社団ハイメディッククリニックWEST医師、および一般社団法人脳の健康を守る総合研究所理事に就任。※掲載している情報は、記事公開時点のものです。
